「こどもと僕」(講師の想い)
僕は建築学科の卒業ですが、実は大学の卒業設計も、修士論文も、子供がテーマでした。
学生時代の後半は、ほぼ、楽しそうな幼稚園や保育園等を探しては入り浸る、という暮らしをしていました。
当時は結構真剣に、“建築をやめて保育士や小学校の先生になろうか…?”なんて思ったり、
国内外問わず、いろんな国や街を訪ねては、建築を見るよりも真っ先に現地の子供達と遊んでしまうような学生でした。
そんな事で卒業設計は、街の空き地をつなげて、トウキョウのがんじがらめな塾通いの小学生を開放するための「より道」空間を設計しました。
実際に幼稚園の園庭に遊具を作らせてもらって、その観察をしたり、
もっと子供の発達を知ろうと、発達心理学を勉強したり、
別の大学の児童心理学科の人にも会いにいったりしていたので、
周りからは「何学科??」と思われるようなこともありました(笑)
最終的には、「子供のための空間」という僕の子供観察日記をまとめて卒業しました。
卒業後は象設計集団に入れてもらいました。
象設計集団というのは当時、小学校や保育園等のプロジェクトが多くて、
しかも、それまでの学校や保育園の作られ方を変えていくような
独自の空間設計をいくつも提案されていました。
学校も家
保育園も家
街も家
老人ホームも家
という具合に、どんなに建物が大きくなろうとも
それは施設ではなくて、「家」なのだ。
という事が、すべての建築の根底に流れていたような気がします。
そして、ああ僕みたいな人間でも、建築の設計をしてもいいんだ、
とはじめて思うことができました。
▼象設計集団で担当させていただいた保育園の事例
http://zoz.co.jp/works/public/senior/seiyuurara/
そんな意味では、なんだかんだとずっと、
いまだに子供をとおして、
子供達の目になったつもりで、
「家ってなんだろう?」
「街ってなんだろう?」
っていう事を、僕は考えているのだなぁ…と改めて思いますし、
そういう意味で、こんな機会を頂いて、とても感謝しています。
西久保